うつ病の親友を追い詰め、傷つけてしまった経験のこと。「やる気がないだけ」「楽な方に逃げている」という無理解【前編】
オーナーの佐々木です。桜の開花が見られるようになってきましたね🌸
この記事には、過去に慕ってくれていた女性との恋愛経験についての内容が含まれます。
同性愛やセクシャリティに関連する話題が苦手な方には、閲覧を推奨いたしません。
性的少数者(セクシュアル・マイノリティ)という言葉自体が
いつか意味を失う未来が来たらいいなと願いながら
分かりやすさ、想像のしやすさを優先して書かせていただきます。
学生時代に、セクシュアルマイノリティとしての
複合的な生きづらさを抱えている女性と出会いました。
彼女は彼女自身の生き方について、芯の強さを持っているものの
他人には理解されづらく、心ないリアクションを向けられやすい属性を持っていました。
(アウティングに繋がりかねないので、要所はぼかします)
独占欲から始まるモラハラ加害
理系の学校で、研究室が一緒になった彼女とは
すぐに意気投合して仲良くなりました。
私自身は彼女のことを廊下ですれ違うたび、
中性的できれいな人だなぁ、はかなげな雰囲気だなぁ
と、どちらかといえば好意的な視線で眺めていたので
(当時の私はキモいオタクの感性をしているので、全ての発言や発想がうっすらキモいのですが、大目に見て下さい…)
距離が縮まるのも早かったです。
そのため、彼女が自分自身の性のことを教えてくれたことも
秘密を共有できたような感覚がして、嬉しかったのを覚えています。
今思えば、彼女への独占欲のようなものがその時からあったのかもしれません。
きっと当時、彼女は理解者を求めていたと思いますし
私も細かいことを気にしない性格だったので、
打ち明けやすかったのではないかなと思います。
彼女はしだいに私に好意を寄せてくれるようになり
私自身はメンヘラ黎明期(芽吹きかけ)だったこともあり
自分に向けられる好意は集まれば集まるほどいいと思っていて
女性同士であるということは、私の中では大した問題にならず
すんなり受け入れていました。
ただし、彼女が私に向けてくれる好意と
私が彼女に向ける好意とが嚙み合っていたわけではなく
私にとって彼女は「特別な友人」であり
彼女にとっての私は「恋愛感情をいだく相手」で
このギャップは上手に埋まりませんでした。
彼女との関わりは7~8年ほど続いた結果、
最後は絶縁という最悪の形で途切れてしまいました。
最近、X(旧Twitter)で偶然にも彼女のアカウントを目にして
やっぱりあの別れは私のせいだったなぁと
大好きだった友人を、私のメンヘラ初期および末期の被害者にしてしまったんだ
ということに気がつき
当時のことを改めて思い返したことがきっかけで
この告解のような記事を書こうと思ったのでした。
うつ病を理解できなかった
彼女はうつ病で、通院・服薬しながら生活していました。
やせ細った手でたくさんの錠剤を飲んでいる姿を見て
私はいつも怒っていたのです。
すごくイライラして、その怒りを何度も彼女にぶつけていました。
「○○すればいいだけじゃん。何でそうしない(考えない)の?何でできないの?」
「元気になりたくないんでしょ?そのままでいた方が楽なんでしょ?」
「やる気がないだけじゃん。逃げてるだけじゃん。親が面倒見てくれていいね」
彼女にショックを与えるような話題を無意識に選び、
上記のような言葉で責め続けました。
往々にして「加害した側は忘れる」傾向があることを加味すると
もっとひどい言葉責めを繰り返していたかもしれません。
彼女の中で今もそれがトラウマや呪いになっている可能性だってあります。
当時の私にとって「うつ病」はたんに知っている単語というだけで
実情のことは何も理解していませんでした。
理解しないことで彼女を傷つけている、ということも
自覚すらできていませんでした。
うつ病=メンタルがすごく落ちて、行動力や判断力をうしなう心の病気
ぐらいの認識は持っていて(おぼろげですが、2010年位からすでに
SNSではメンタルの問題に言及する人が増えてきていたと思います)
心理というジャンル自体には、興味がないわけではなかったし
私自身、当時は学内の友人関係での疎外感や
学校の専門分野のカリキュラムの困難さで焦っていたりしたので
「こころが安定しない」ことに対する共感が
全くなかったわけではないはずなのです。
最初こそ、彼女のことを支えてあげたいな
一番に理解できる人として寄り添ってあげたいな
という気持ちでいたはずなのです。
今になってやっと、それこそが根本的な理解の及ばなさ、
想像力の不足、私自身の自己理解の至らなさによって関係が崩れていったのだと
わかるようになりました。
当時の私は「うつ病になってしまった人の主観」を
根底までには理解しておらず
また、「うつ病の人と密接に関わるリスク」のことも
想定できていませんでした。
自分のこころの問題に対する無自覚
彼女は私がモラハラ攻撃をすると、
何でそんな酷い事言うの、そんなこと思ってない
好きでこんな風になったわけじゃない
と言っていつも泣いて縮こまってしまって
大喧嘩してお互いにボロボロになりながら
基本、一緒にいるのは楽しいので、
最後はいびつに仲直りする…というような状態で
ほとんど共依存関係に近かったと思います。
私は、彼女が自分に好意を寄せているということが
ときに当然のことで、ときに居心地が悪く、ときには全く信用できませんでした。
なので、暴言を吐いたり、責め立ててしまうことの
半分くらいは試し行動、確認行為だったと思います。
私は彼女に対して、性的欲求こそ抱きませんでしたが
独占欲や支配欲、見捨てられ不安を非常に強く感じていました。
というのも、今だからこそ客観視できることで
当時の私は、私自身のこころの問題については
まったく自覚していませんでした。
彼女に対するネガティブな感情のすべては、
感情のこじれから来るもめごとの一つ程度に捉えていて
どんなに喧嘩をしたとしても、過ごす環境は一緒だったので
関わり続けることをやめようもなかったのです。
(というより、当時は距離を置くという発想すらなかった)
私の彼女に対するコミュニケーションは
彼女の依存的な恋愛感情を人質にして
友人関係でいることを強要し続けていたようなありようでした。
学生生活を終えて社会人になってからも、彼女とのいびつな関係は続き
もはや人生スケールでお互いを振り回すような関係性に発展しました。
次回の更新に続きます。
うつ病の相手に対して抱いてしまう、ネガティブな感情の正体について
解説していきたいと思います。


