うつ病で働けない親友への怒り。「元気になってくれない=自分の存在では助けられない」という無力感【後編】

オーナーの佐々木です。

この記事は、
うつ病の親友を追い詰め、傷つけてしまった経験のこと
こちらからの続きです。

この記事には、過去に慕ってくれていた女性との恋愛経験についての内容が含まれます。

同性愛やセクシャリティに関連する話題が苦手な方には、閲覧を推奨いたしません。

本町オフィスから近い錦町公園。満開が近い様子

うつ病の人と関わるリスクと“バウンダリー”のこと

突然ですが、私は傲慢な人間です。

どんなところが傲慢かというと、たくさんあるのですが

「他人を救いたい、助けたい」という欲求が強いのです。

心理カウンセリング・悩み相談を生業にすることの根本には

「自分の専門知識と経験、寄り添いや共感、
構造的な思考力を提供することを通して
困っている人を出来る限りたくさん助けたい」

という私の心理的欲求をかなえる目的があるのです。

実際のカウンセリングでも引用される言葉でいうと

力の欲求”そのものです。

力の欲求からは、ひとを助けたい、力になってあげたい、
貢献してあげたい、奉仕したいなどの性質が現れます。

このような、いわば“表の欲求”を裏返すと

相手をコントロールしたい、相手を変えたい、
支配したい、影響力を持ちたい、認められたい

などの“裏の欲求”が存在しているのです。

 

うつ病になったことのある人、うつ病について学んだことのある人
何らかの形でうつ病について知る機会のあった方はご存じかもしれませんが

人がうつ病であるとき、他人の声は基本的に届きません

その人自身が「うつ病から立ち直るための心身の準備」ができていて

かつ、必要な言葉を「とらえにいく」状態になっていない限りは

励ましや共感、どのような優しい言葉だったとしても

心がほとんど閉じている、あるいは遠くにあるようなイメージで

非常に届きづらいのです。

 

私のように傲慢な気質を持っていなかったとしても

例えば、あなたの家族やパートナー、
あるいは親しい友人がうつ病になってしまったとしたら

「元気になってほしい」

「いつものあの人に戻れるための手助けならなんだってしたい」

「心の支えになってあげたい」

そんな考えが浮かびませんか?

なんとか元気づけたくて、あなたは大丈夫だよ、
あなたが生きているだけで尊いんだよ
ということを分かってほしくて

言葉を選んだり、気晴らしになることをあれこれ考えたり

支援者の立ち位置になりたいというような心境に、
わずかでもならない人のほうが珍しいのではないかなと思います

これが、うつ病の人と相対した際に発生する
心理的境界線(バウンダリー)を踏み越えてしまうリスクです。

ライトアップもしている様子でした。めっちゃピンク!

他人は変えられない

大前提、他人を変えることは出来ません

カウンセリングという場であっても、その前提は同じです。

カウンセラーがその人を変えている・治しているわけではなく

「変わりたい」と思っている人が
カウンセリングという“手段”を選んでいて

その人の力と意思で変わっていくことのお手伝いを
私たちカウンセラーがしている、という位置づけだと思っています。

 

当時の私には、そういったことが分かっていませんでした。

力の欲求のもっとも難しいところは

「他人は変えられない」という前提に逆らった欲求であるということ。

他人を変えたい、認められたい、という欲求は
基本的には満たされづらいものです。

力の欲求の強い方がうつ病の人と関わっていると、
満たされない感覚(フラストレーション)に何度も直面します。

(こんなに助けているのに、支えているのに)
(自分がそばにいるのに)
何で元気になってくれないの?

そういった無力感、むなしさが感情として出てくるのです。

 

また、うつ病であるとき、しばしば自死を意識した発言をしたり

「自分には何の価値もない、いなくなった方が良い」

などの言葉を使ってしまうことはよくあります

私自身も、就活にことごとく失敗していた時期は、そんな心境でした。

その言葉を聞いた近親者、家族やパートナーは
強烈な不安や喪失感を感じます。

悲しい、辛い、苦しい、恐怖、罪悪感

そんな言葉を言わせてしまうなんて、
自分はこの人にとって何の力にもなれないんだ

 

自分と相手との境界線があいまいになってしまう、
非常に危険な状態です。

情動感染」や「Contagious Depression(伝染性うつ病)」という呼び方もあるほどで

うつ病の人と密接に関わることで、精神的に引きずられてしまうリスクも存在します。

 

お互いにとって必要な別れ

彼女とは卒業後もさまざまな形でかかわり、互いに影響を与え合いました。

具体的には

相手の意見に合わせて就職したり、退職したり

その時の気持ちの波で引っ越したり

結婚するかしないかという決断に一役買ったり

周囲の別の友人を巻き込んで絶縁したり

もはや彼女のみならず、当時かかわりを持った全員に謝り倒しても足りないレベルです。

共依存関係は当人同士だけで完結することがなく
(生きていれば大小どのような形であれ、人間関係は発生するため)

周りを巻き込んで大迷惑をかけてしまうという参考例です。

 

彼女の名誉にもかかわるため、委細かまわず書くことは控えますが

私は彼女を振り回したという自覚に加え

それは力の欲求からくる依存的なかかわり方であったことに
後から気がつきました。

 

絶縁した時を境に、私は自分に対して

「私たちはお互いの人生に登場しないほうがいい

と言い聞かせていました。

寂しさや、あてのない虚しさをごまかすための考えでしたが

今思えばあながち間違いではなかったのかもしれません。

 

当時の私は、自分の欠けた部分、心の傷やコンプレックスを彼女に投影し

彼女をコントロールすることで満たそうとしていました。

彼女の心のうちは、彼女にしかわかりませんが

客観的に考えたら彼女にとっての私も、毒か薬かでいえば間違いなく毒でした。

必要な別れが必要なタイミングで訪れたのだと思います。

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おわりに

さて、これを読んでいる方の中で、

自分のことのようだと感じている方が(いるかなぁ?😂)
いるかもしれないので、さらに補足します。

うつ病の人とは関わってはいけない(離れなければいけない)のか?

という問いについて、私の考えを書きます

 

まずは、距離感を調節すること。

たとえ家族であっても、境界線を必ず意識して下さい。

他人(その人本人ではない別の個体、というような意味です)にできることは限られています。

医療機関やカウンセラー等、その分野の専門機関に
まずは一度でいいのでアクセスし、状況を整理して下さい。

ここまでは、協力できるけど、
ここから先は、相手の問題(課題)だよな

ということを、なるべくシビアに考えましょう。

なるべくシビアに、というのは

今回のようなケースで悩む人は、
性根が優しくて自分のことを責めがちなので

「シビアに」というニュアンスで判断してようやく
ごくふつうの範囲内におさまる可能性のほうが高いためです。

 

そして忘れてはいけないのが、

自分が飲み込まれている(うつの感覚に引っ張られている)
かどうかを客観的に見張ってもらうこと

飲み込まれていると指摘されたり、自分でそう疑う段階が来たら
距離をとる勇気を持つこと

この二つです。

 

「関係性として距離をとる」ことは
「見捨てる」ことと同義ではありません。

私が当時気がつけなかったことの一つです。

私自身に見捨てられ不安があるので、
相手を見捨てるという感覚に近づくと、自分自身が許せなくなり

さらに深くかかわろうとする、というループが依存を深めていました。

 

別れることでしか適切な距離が取れない=あなた自身もメンタルや心に問題を抱えている

そういった可能性も視野に入れるべきです。

このような状況への対処には、カウンセリングのようなサービスがかなり有効だと考えています。
営業文句のようで恐縮ですが、ぜひ活用して下さい。

 

ほとんど独白のようなテーマを読んでいただき、ありがとうございます。

ピンポイントな話題から、参考にできる部分を拾っていただけたら幸いです。

 

それでは、またカウンセリングルームで🌙